東京高等裁判所 平成10年(行ケ)218号 判決 1999年12月28日
原告
高広工業株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
後藤昌弘
同弁理士
B
同
C
同
D
被告
株式会社森精機製作所
代表者代表取締役
E
訴訟代理人弁護士
中島敏
同弁理士
F
同
G
同
H
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第11437号事件について平成10年5月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「カム式自動工具交換装置」とする実用新案登録第2132093号考案(昭和60年5月14日に出願、平成8年8月12日に設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
被告は、平成9年7月4日に本件考案に係る実用新案登録の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第11437号事件として審理した結果、平成10年5月12日に「登録第2132093号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本を同年6月27日に原告に送達した。
2 実用新案登録請求の範囲
「ハウジング内に互いに同軸にかつ一体的に回転可能に設けられ、回転駆動装置により回転させられる第一カムおよび第二カムと、
それら第一および第二カムの回転軸心と直角に立体交差する軸心のまわりに回転可能かつ軸心方向に移動不能に前記ハウジングの第一外壁に支持された円筒状部材と、
その円筒状部材の前記ハウジング内に位置する部分と一体的に設けられ、前記第一カムの外周に形成されたカム部と常時係合して第一カムの等速回転を円筒状部材の不等速回転に変換するローラギヤと、
軸方向の中間部に環状係合部を備え、その環状係合部の片側において前記円筒状部材およびローラギヤの内側に軸心方向に相対移動可能かつ相対回転不能に嵌合する一方、環状係合部の反対側において前記ハウジングの前記第一外壁とは反対側の第二外壁に回転可能かつ軸心方向に移動可能に支持されるとともにハウジング外に突出したアーム軸と、
そのアーム軸の突出端部から半径方向に互いに逆向きに延び出し、各先端部に工具にその工具の半径方向から係合してその工具を保持する工具保持部を有する一対の工具保持アームと、
前記ハウジングにより前記第一および第二カムの回転軸心と平行な回動軸心のまわりに回動可能に支持されたレバーと、
そのレバーに設けられ、前記第二カムの端面に形成されたカム部と係合して第二カムの回転運動をレバーの回動運動に変換するカムフォロワと、
前記レバーに設けられ、前記アーム軸の環状係合部に、その環状係合部の回転を許容しつつ軸心方向には一緒に移動する状態で係合し、レバーの回動運動をアーム軸の軸心方向の運動に変換する係合部と、
を含み、前記第一カムおよび第二カムのカム部の形状が、それら両カムの一方向の回転を、前記工具保持アームの前記工具に対する係合,離脱のための正逆両方向の回動および工具搬送のための180度の回動と、工作機械および工具保持装置に対する工具の挿入、抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動とにそれぞれ変換する形状とされたことを特徴とするカム式自動工具交換装置。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。以下、特開昭58-45836号公報(審決の「甲第1号証刊行物」、別紙図面2参照)を引用例1、実願昭58-123212号(実開昭60-31545号)のマイクロフィルム(審決の「甲第2号証刊行物」、別紙図面3参照)を引用例2、特開昭59-14480号公報(審決の「甲第3号証刊行物」)を引用例3、特開昭59-53175号公報(審決の「甲第4号証刊行物」)を引用例4という。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1、2は認める。同3の(1)は、引用例2の「ターレット11」が本件考案の「ローラギヤ」に相当するとの認定を争い、その余は認める。同3の(2)は、引用例1に「カム式自動工具交換装置に係るもの」(12頁8行ないし9行)及び「カムによるアーム軸の運動」(12頁13行ないし14行)が記載されているとの認定、14頁5行ないし15頁5行の認定判断並びに相違点2についての判断を争い、その余は認める。同3の(3)及び同4は争う。
審決は、踏むべき手続を踏まず、実用新案法41条(平成5年法律26号による改正前のもの、以下同じ。)において準用される特許法153条2項及び憲法31条に違反し(取消事由1)、一致点の認定を誤り(取消事由2)、相違点1、2についての判断を誤り(取消事由3、4)、本件考案の顕著な効果を看過したものであって(取消事由5)、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(手続違反)
(1) 実用新案法41条において準用される特許法153条2項にいう「当事者又は参加人が申し立てない理由」の「理由」には、適用条文及び証拠のみならず、適用条文に該当するとするための論理も含まれるものと解すべきである。これによるときは、請求人が主張していない論理で審決を下す場合には、被請求人に対してそれを告げることにより、改めて防御の機会を与えなければならないことになる。
(2) 審判において、被告が、アーム軸をいずれの側から外部に突出させるかにつき、引用例3、4及び特開昭56-119353号公報(以下「引用例5」という。)に、円筒状部材を介してハウジング外壁に支持させた側から外部へ突出させた装置と、反対側から外部へ突出させた装置とがそれぞれ記載されているから、どちらの側へ突出させるかは設計上の選択事項であると主張したのに対し、審決は、アーム軸を円筒状部材を介してハウジング外壁に支持させた側とは反対側から外部へ突出させることは、引用例3、4にも示されるように周知技術であると判断して、これを本件考案の容易推考性の根拠の一つとした。
しかし、これは、被告が主張しておらず、審判合議体が職権で探知したことである。したがって、もし、それを理由として本件考案の登録を無効にするのであれば、そのことが原告に通知されるべきであったのに、審判長はこれをしなかった。
(3) 審決が行った、「甲第1号証刊行物(判決注・引用例1を指す。)に記載されたものにおける工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入,抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動は、運動としては正方向の回動と逆方向の回動及び軸心方向における正方向と逆方向の移動から成り、甲第2号証刊行物(判決注・引用例2を指す。)に記載された運動パターンと完全には一致しないものの同様な回動と軸心方向移動の組合せである点で共通している。」(審決13頁14行ないし14頁4行)との認定及びそれに基づく判断も、被告が主張していないものである。ところが、審判長は、これを原告に通知して意見を申し立てる機会を与えなかった。
(4) 以上のとおり、審決は、被告が主張していない論理により、その点について原告に対して告知することなく、反論の機会も与えずにされたものであるから、実用新案法41条の準用する特許法153条2項及び憲法31条に違反する。そして、この違法は、審決の結論に影響したものである。
2 取消事由2(一致点「ローラギヤ」の誤認)
(1) 引用例2に具体的に記載されている考案のターレット11は、一対のローラ(カムフォロワー12)のみを有し、上記一対のローラがグロボイダルカム3に形成されたテーパリブ3aを両側から常時挟持している。したがって、ここでは、テーパリブ3aと係合するローラが交替することはなく、グロボイダルカム3によりターレット11を回転させ得る角度範囲は180度より小さい範囲に限定される。しかも、引用例2には、一対より多くのローラを設けることは記載されていない。
一方、本件考案におけるローラギヤは、第一カムにより、工具搬送のために180度ずつ同じ方向に回転させられることが必要であり、この要求を満たすために、ローラギヤの全周にローラを備えている。
このように、引用例2記載の考案のターレット11は、本件考案のローラギヤに相当しないから、これを一致点とした審決の認定は誤りである。
(2) 被告主張のとおり、引用例2には、特願昭57-111472号の明細書(以下「乙第1号証明細書」という。)が先行技術文献として記載され、その乙第1号証明細書には、スパイダ8にカムフォロア11を3個設け出力軸6を上下動とともに揺動回転させるものとともに、スパイダ8の全周にカムフォロワ11を6個設け、スパイダ8及び出力軸6が一定角度ずつの回転運動により1回転以上(すなわち、限りなく)間欠回転するようにするものも記載されている。
しかし、そうだからといって、引用例2に、乙第1号証明細書全体の記載が引用されたとは限らず、どの部分が引用されたかは、引用例2自体の記載に基づいて判断されるべきである。この観点からみた場合、引用例2には、被告主張のとおり、「テーパリブ及び溝の形状を適宜変更することによって、・・・出力軸に様々な複合運動をさせることが可能である。」との記載はあるものの、同引用例の唯一の実施例に記載された装置は、たとい「テーパリブ及び溝の形状を適宜変更」したとしても、出力軸に1回転以上の間欠回転を行わせることができない構成のものであるから、乙第1号証明細書に記載された全周にカムフォロワが配設されたターレット、すなわち、本件考案のローラギヤに相当するものが引用例2に引用されているとすることはできない。
このように、乙第1号証明細書の複合運動と引用例2記載の考案の複合運動とは、回転運動と上下運動(軸方向移動)とが複合されたものであるという意味では同じといい得るが、そうであるからといって、乙第1号証明細書に記載されている複合運動のすべてが引用例2に記載されているに等しいということにはならない。乙第1号証明細書に記載されているようなスパイダ8及び出力軸6が一定角度ずつの間欠回転運動により1回転以上回転するようにした装置が引用例2に引用されているとするに足りる根拠はないのである。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)
(1) 審決は、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とは、「カムの一方向の回転をカム機構により所定の運動に変換するものである点でも共通しており、」(審決14頁6行ないし8行)と認定し、この認定を、前者を後者に適用することの容易性の根拠としている。しかし、引用例1記載の発明は、ゼネバ歯車装置又はゼネバ機構(ゼネバ歯車)と称されているものであり、カム装置ではない。カム装置はカム曲線を任意に変えることにより任意の運動を得ることができるものであるが、ゼネバ歯車装置の原車及び従車は形状に一義的な制約があって任意には変更できず、その名称の示すとおり歯車装置に属するものである。したがって、引用例1記載の発明は、カム式自動工具交換装置ではなく、そこでのアーム軸の運動はカムによる運動ではないから、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案は、「カムの一方向の回転をカム機構により所定の運動に変換するものである点でも共通」とした審決の前記認定は誤りであり、したがって、これに基づく容易性の判断も誤りである。
(2) 引用例1記載の発明の回動は、正方向回動、180度回動及び逆方向回動であり、一連の回動が終了するとアームは180度位相が進んでいる。これに対して、引用例2記載の考案の回動は、正方向回動と逆方向回動とだけであり、一連の回動が終了するとアームは元の位相に戻っている。このように、両者において実現される運動には顕著な相違がある。しかも、引用例2中には、一連の回動が終了するごとに位相が180度ずつ進むことをターレットとグロボイダルカムとにより実現できることを教える記載はない。
(3) 引用例2に、出力軸に様々な複合運動をさせる旨が記載されていることは、被告主張のとおりである。しかし、様々な複合運動をさせるために適宜変更すべき対象として、そこに記載されているのは、テーパーリブ及び溝の形状のみである。ところが、本件考案のようにアーム軸に180度ずつの一方向の回転を行わせるためには、第一カムのカム部と噛み合うローラが順次交替することが不可欠であり、このことを引用例2記載の考案において行うためには、テーパーリブの形状のみならず、ターレットの形態も変更しなければならない。従動部材の外周にカムフォロワを多数取り付けることは引用例2記載の考案の出願前に周知慣用の技術であったにもかかわらず、引用例2には、ターレットの形状を変更することを示唆する記載はないから、引用例2記載の「間欠回転運動」は、単に、一定角度回動し、停止し、再び同じ方向に回動するが、いずれは逆方向に回動して元に戻る運動を意味し、本件考案のようにターレットが同じ方向に限りなく回転するような間欠回転運動を意味するものではないと考えるのが妥当である。引用例2の上記記載は、引用例1記載の工具交換のために引用例2記載の考案を適用することを妨げる記載というべきである。
(4) 引用例1には、カム軸に正回転運動及び逆回転運動を起こさせるための第1カム要素、前進運動及び後退運動を起こさせるための第2カム要素並びに180度回転運動を起こさせるための第3カム要素が取り付けられ、互いに独立して形成されるカム要素が採用できるので各種運動の重ね合わせが容易に達成できる旨の記載がある。これは、正逆両方向回動と180度回動とを同じカム要素によって行うことを排除する記載というべきであるから、上記記載は、工具交換のために、引用例1記載の発明では異なったカム要素で行われている正逆両方向回動と180度回動とを、引用例2記載のようにターレットとグロボイダルカムとの1個の同じ組合せによって行わせることを妨げるものである。
(5) あえて引用例1記載の発明と引用例2記載の考案を合わせて考えたとしても、得られるものは、工具搬送のための180度ずつの同じ方向の回動と、工具に係合、離脱のための正方向と逆方向との回動とを、別個のカム装置でそれぞれ実現し、両カム装置の運動を切換え装置により選択的にアーム軸に伝達するカム式自動工具交換装置にすぎず、本件考案の構成とはならない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)
(1) 審決は、相違点2につき、引用例3、4を例として挙げたうえ、本件考案の構成のようにすることは周知の技術であるとしたが、誤りである。
まず、引用例4記載の発明は、ゼネバギア36が外壁に回転可能に支持されてないから、本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向の構成の例とはなり得ず、また、これを示唆するものでもない。
引用例3においても、ゼネバ歯車の中央円筒部を介してアーム軸をハウジングの第一外壁に支持させるとともに、反対側の第二外壁を貫通させてアーム軸をハウジング外へ突出させることは、実施例の図面に記載されているにすぎない。したがって、同引用例は、審決認定の周知性を示す例とはなり得ない。
また、引用例3記載の発明の従動軸12は、ゼネバ歯車17を支持する外壁の側からも外方へ突出させられ、その突出端部にロータリジョイント29が取り付けられている。そのため、従動軸12がハウジングから、腕部材27が取り付けられた先端側へ伸長させられる場合に、ロータリジョイント29が取り付けられた後端は、ゼネバ歯車17の内部に入り込むことができず、本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向による作用効果が得られない。この意味において、引用例3は本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向を示唆するものとはいえない。
被告主張のとおり、特開昭56-39848号公報(以下「乙第6号証刊行物」という。)に本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向に似た構成が示されていることは認める。しかし、乙第6号証刊行物一つのみでは、シャフトの後端がスリーブの内部まで入り込むのを可能とすることが周知であったとはいえず、まして、ローラギヤと一体的に構成された円筒状部材の内部にアーム軸の後端が入り込むのを可能とする本件考案の構成が周知であったとはいえない。
(2) そもそも、ローラギヤが一体的に設けられた円筒状部材と、ゼネバ歯車の中央円筒部とでは事情が異なる。
引用例3記載のゼネバ歯車17、引用例4記載のゼネバギア36は、ハウジングの外壁近傍に配設することが可能であり、それらの中央円筒部は、ハウジング内空間の中央部まで延び出す長さとする必要がない。したがって、アーム軸をゼネバ歯車の側から外部へ突出させても、反対側から突出させても大きな違いはなく、設計上の選択事項であるということができる。
これに対し、本件考案のように、円筒状部材と一体的に設けられるローラギヤを第一カムと係合させるには、円筒状部材をハウジング内空間の中央部まで延び出す長さとすることが必要であり、その円筒状部材を介してアーム軸をハウジングの第一外壁に支持させ、反対側の第二外壁から外部に突出させることには、工具交換装置をコンパクトに構成し得るという大きな意味がある。この違いを看過して本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向が周知と認定したのは審決の誤りである。
(3) グロボイダルカムと係合するターレットと一体的に構成される円筒状部材を介してアーム軸をハウジングに支持させることを教えている唯一の先行技術文献は引用例2であり、そこに記載された考案においては、アーム軸が円筒状部材を介してハウジングに支持されている側から外部に突出させられている。この事実は、引用例2の記載に基づいて本件考案におけるアームの支持形態及び突出方向に到達することを妨げるものである。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)
本件考案は、構造が簡単で、小形かつ安価でありながら、優れた工具交換性能を発揮するという顕著な効果を奏するものである。本件考案に係るカム式自動工具交換装置は世の注目を集め、種々の技術雑誌に、それぞれ異なる著者によって紹介された。また、本件考案の出願公開の前後に、本件考案の構成を含む発明、考案がいくつか出願された。このように、本件考案は、顕著な効果(実用上の優秀性)が世に認められたものであるにもかかわらず、審決はこれを看過したものである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(手続違反)について
特許法153条2項の「当事者が申し立てない理由」の「理由」とは、同法131条1項3号に規定する「請求の理由」以外の「理由」のことであり、登録無効事由を定めた法条に該当する事実を指すものである。提出された証拠に対して行う評価や周知技術の認定は、審判合議体の専権事項であり、その評価内容が当事者の主張に拘束されることはあり得ない。被告は、審判請求人として、証拠として刊行物を提出したうえ、本件考案はこれらの刊行物に基づいてきわめて容易に考案され得たものであるから無効とされるべき旨を主張し、審決はこれを認めた。それだけであり、審決は、それ以上のことはしていない。原告の主張は、要するに、審判に提出された証拠についての審決の評価の是非を論ずるものである。したがって、審決は、特許法153条2項の規定に違反しておらず、憲法31条にも違反していない。
2 取消事由2(一致点「ローラギヤ」の誤認)について
(1) 引用例2は、その「考案の詳細な説明」の冒頭に「本考案は出力部材に回転運動とリフト(往復)運動の複合運動を行なわせるカム装置に関し、より具体的には各種の自動工作機械等に用いられるカム装置に関するものである。」と明記し、これに続いて先行技術として乙第1号証明細書を挙げている。
乙第1号証明細書記載の発明のカム装置が対象としている出力軸の回転及び上下動の複合運動と、引用例2の考案が対象としている出力軸の回転(揺動)運動及びリフト運動からなる複合運動とは同様の複合運動である。
乙第1号証明細書には、そこに記載された発明は入力軸の連続回転運動を出力軸へ上下動を伴う揺動運動又は間欠運動として伝達するカム装置に関するものであるとしたうえで、第1実施例として、出力軸6を上下動と共に揺動回転させる場合について説明し、次いで、カム装置はこれに限られるものでなく、出力軸の上下動とともにこれを同一方向に間欠的に回転運動させるために適用することもできるとして、第2実施例として、カムフォロアー11をスパイダー8の下面に全周にわたって等間隔で回転自在に突設したものが説明されている。
上記のように、引用例2記載の考案は、乙第1号証明細書のカム装置の改善として、第1実施例に係る出力軸の揺動回転運動と上下動との複合運動及び第2実施例に係る出力軸の間欠回転運動と上下動の複合運動の両方を改善するためになされたものであるから、引用例2記載の「回転運動」とは「揺動回転運動」と「間欠回転運動」の両方を含む概念であるということになる。
引用例2の考案の詳細な説明において実施例を補足する「なお、テーパーリブ及び溝の形状を適宜変更することによって、例えば使用に応じたタイミングの上下動、揺動回転運動のみならず、上下動を伴う間欠回転運動など、出力軸に様々な複合運動をさせることが可能である。」との記載は、まさに先行技術である乙第1号証明細書に示された上下動と揺動回転運動の複合運動と、上下動と間欠回転運動の複合運動とを出力軸にさせることができることを述べているのである。
以上のとおり、引用例2にはターレットに多数のカムフォロアー(ローラ)を等間隔で設けて出力軸に同一方向の間欠回転運動を与えることが実質的に開示されているから、引用例2のターレット11は、本件考案のローラギヤに相当する。
(2) 原告は、「テーパリブ及び溝の形状を適宜変更」したとしても、引用例2記載の装置の出力軸に1回転以上の間欠回転を行わせることはできない旨の主張をするが、失当である。「テーパリブ及び溝の形状を適宜変更」することには、それに伴ってカムフォロアが配設されたターレットも変更することも含まれることは、引用例2に接した当業者にとって自明のことであるからである。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 引用例1の特許請求の範囲請求項4には、「4.第3カム要素がカム軸と共に回転するように配置されたマルタ車作動ローラによって構成され、これによって作動されるマルタ車が歯車部分を有し、この歯車部分が交換腕軸に固定された前記歯車に係合できる特許請求の範囲第2項又は第3項に記載の工具交換装置。」と記載されており、この記載からみれば、カム軸とともに回転するように配置されたマルタ車作動ローラを有する機構を「第3のカム要素」と定義していることになる。そうすると、引用例1を読む者は、マルタ車作動ローラを有する機構をカム機構と認識するから、引用例1記載の発明について、カム式自動工具交換装置であり、アーム軸の運動がカムによる運動であるとした審決の認定に誤りはない。
(2) 引用例2では、詳細な説明の欄に「なお、テーパーリブ及び溝の形状を適宜変更することによって、例えば使用に応じたタイミングの上下動、揺動回転運動のみならず、上下動を伴う間欠回転運動など、出力軸に様々な複合運動をさせることが可能である。」との記載がある。ここには、引用例2の先行技術として記載された乙第1号証明細書で示された上下動と揺動回転運動の複合運動と、上下動と間欠回転運動の複合運動とを出力軸にさせることができることが述べられているのである。
(3) 原告は、引用例1には、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案との組み合わせを妨げる事情があると主張する。
しかし、技術は日進月歩の進化を遂げており、引用例1の出願公開が昭和58年3月17日、引用例2の出願公開が昭和60年3月4日であることを考えると、引用例1記載の発明の自動工具交換装置の作動要素として3つのカム要素を用いていたものを、これに代えて、その後に開発されたより単純な構造にして高速駆動可能であり、かつ精度の高い引用例2記載の考案のターレットとグロボイダルカムを用いたカム装置を用いることには、何らの不自然さもない。
特に、引用例2記載の考案は、汎用の「カム装置」として考案されたものであるから、このカム装置をどのような具体的な装置に組み込むかは当業者の判断に任されている。しかも、引用例2には、「各種の自動工作機械等に用いるのに極めて優れたものである。」との記載があり、自動工作機械への適用を強調していることからみれば、これを引用例1記載の発明のような工作機械の工具交換装置に適用することに何らの技術的困難性もない。
(4) カムフォロアーをターレットの外周に多数取り付けることは引用例2記載の考案の出願前に周知慣用技術となっていた。出力軸を同じ方向に限りなく回転させる間欠回転運動のために、引用例2記載の考案のターレットのカムフォロワーの配設個数を増やしてカムフォロアーをターレットの全周に設けることは、乙第1号証明細書を考慮することによっても、また、周知慣用技術からも、当業者にとっては技術常識的なことにすぎない。
引用例2についてのこのような状況の下で、引用例1に、工作機械の自動工具交換のために180度ずつの同じ方向の回動と正方向と逆方向との回動を複数のカム要素を用いて所定のタイミングで行うことが示されている以上、引用例2記載の考案のカム装置を引用例1記載の発明の工作機械の自動工具交換装置の動きに適合するように組み合わせて本件考案と同様な構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到できたことである。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について
(1) アーム軸をハウジングの相対向する外壁の一方の外壁から外方へ突出させるか他方の外壁から外方へ突出させるかは、二者択一であって、特別な事情がない限りその突出方向を特定したことによる考案力は認められるべきものではない。
審判において被告が取り上げた引用例3ないし5記載の発明から、出力軸の軸方向の移動を許容するとともにこれを間欠的に回転させる手段をハウジングの一方の外壁に設けた場合に、出力軸をハウジングの一方の外壁から外方へ突出させるか他方の外壁から外方へ突出させるかは、単なる選択的な事柄ということができる。
本件考案におけるアーム軸の支持形態及び突出方向の周知性を示すものとしては、上記のほかにも、例えば乙第6号証刊行物がある。
(2) ゼネバ歯車ではなくローラギヤを使用した場合には、円筒状部材をハウジング内空間の中央近くまで伸び出す長さとすることが必要であることは、原告主張のとおりであるが、ローラギヤもゼネバ歯車と同じく出力軸を間欠的に回転させる手段であり、このような円筒状部材を設けることは引用例2にも示されているとおり特別な工夫でもないから、アーム軸の突出方向を円筒状部材と反対側のハウジングの外壁から外方へ突出させることに考案力はない。
(3) 引用例2で図示された実施例はピックアンドプレース装置であって、このピックアンドプレース装置は、通常自動搬送路又は搬送装置に隣接して地上又は基台上に設置されるものであるから、アーム軸はハウジングの上方から外方へ突出される。しかし、引用例2記載の考案は、各種の自動工作機械等に使用される汎用のカム装置であって、これを立形の工作機械の工具交換装置のカム装置として利用する場合には、アームをハウジングの上下の外壁で支持し下部外壁から下方へ突出させるようにすることは、ごく自然に出てくる発想であって、そこには何らの技術的困難性もない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)について
本件考案の効果は、引用例1記載の発明、引用例2記載の考案及び周知慣用技術の単なる組合せによって得られるものを越えるものではない。
考案力の有無は純粋に従来技術との関係から判断されるべきものであるから、その考案に係る技術が技術雑誌に掲載されたか否か、また、その考案の後に出願が多くなされたか否かとは関係なく判断されなければならない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違反)について
(1) 無効審判請求事件において、実用新案法41条が準用する特許法153条2項にいう「当事者が申し立てない理由」とは、実用新案法41条が準用する特許法131条1項3号にいう「請求の趣旨及びその理由」の「理由」、すなわち、審判請求人が申し立てた登録無効事由以外の事由を指すものであることは明らかというべきであり、その際、実用新案登録についての登録無効事由とは、同事由を定めた法条に該当する具体的事実を指すものであり、具体的事実に基づき結論に至る判断や論理はこれに含まれないと解すべきである。
(2) この立場に立った場合、審決の「甲第1号証刊行物に記載されたものにおける工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入,抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動は、運動としては正方向の回動と逆方向の回動及び軸心方向における正方向と逆方向の移動から成り、甲第2号証刊行物に記載された運動パターンと完全には一致しないものの同様な回動と軸心方向移動の組合せである点で共通している。」(審決13頁14行ないし14頁4行)との説示及びそれに基づく判断は、単に、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案という具体的事実に基づいて本件考案を考案することがきわめて容易であったとの結論に至るまでの論理過程を具体的に説示したにすぎないものであって、登録無効事由を定めた法条に該当する具体的事実を認定したものではないから、実用新案法41条が準用する特許法153条2項にいう「理由」に当たらないことは明らかである。
(3) 周知技術は、本来、当業者が熟知しているべき事項であるため、審決においても周知技術であることの根拠を示す必要はないとされているものであって、あたかも訴訟における裁判所に顕著な一般的経験則のごとく、当業者の常識ともいうべきものである。そうすると、審決認定に係る周知技術は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案という具体的事実に基づいて本件考案を考案することがきわめて容易であったとの結論に至るまでの論理過程を具体的に説明する際に用いられた常識というべきものであって、登録無効事由を定めた法条に該当する具体的事実ではないから、実用新案法41条が準用する特許法153条2項にいう「理由」に当たるものではない。
本来、実用新案法41条が準用する特許法153条2項の趣旨は、審判において、当事者を、自己に不利益な登録無効事由に該当する具体的事実が知らない間に審判官の手もとに集められ、なんら弁明の機会を与えられないうちに審判官の心証形成の基礎となるという不利から救おうとするものと解すべきである。ところが、周知技術は、当業者が知らない間に審判官の手もとに集められるというような性質のものではなく、審判官も当業者も、当然の前提として熟知しているべき事柄であって、逐一示されなければその存在が分からないというものではないから、同項の趣旨からみても、周知技術が同項の「理由」に当たらないことは当然である。
なお、審決が周知技術として認定して判断の根拠とするものが真実は周知技術でないときは、それにより判断の誤りがもたらされることになり得るから、当事者が周知技術についての審決の認定を問題としてその誤りを主張することができるのは、いうまでもないことである。
(4) 以上のとおりであるから、審決がした前記(2)の説示及びそれに基づく判断並びに周知技術の認定は同項に違反するものではなく、また、このように解しても憲法31条に違反するところはない。
2 取消事由2(一致点「ローラギヤ」の誤認)について
(1) 前記争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案のローラギヤは、第一カムの外周に形成されたカム部と常時係合して第一カムの等速回転を円筒状部材の不等速回転に変換する機能を有するローラを有するギヤであることが認められる。一方、甲第6号証によれば、引用例2記載の考案のターレット11も、第一カムの外周に形成されたカム部と常時係合して第一カムの等速回転を円筒状部材の不等速回転に変換する機能を有するローラを有するギヤであることが明らかである。そうだとすれば、両者がこの限度において一致することも明らかである。
(2) 原告は、本件考案におけるローラギヤは、第一カムにより、工具搬送のために180度ずつ同じ方向に回転させられることが必要であり、この要求を満たすために、ローラギヤの全周にローラを備えているのに対し、引用例2記載の考案のターレット11は、一対のローラ(カムフォロワー12)しか有していないから、グロボイダルカム3によりターレット11を回転させ得る角度範囲は180度より小さい、として、これを根拠に、引用例2記載の考案のターレット11は本件考案のローラギヤに相当しない旨主張する。しかしながら、原告の主張の根拠とするところを前提としても、審決は、本件考案のローラギヤと引用例2記載の考案のターレット11とが「第一カムの外周に形成されたカム部と常時係合して第一カムの等速回転を円筒状部材の不等速回転に変換するローラギヤ」(審決9頁12行ないし14行)との限度で一致するとしたにすぎず、その限度を越えて一致するとしているものではない。審決が上記限度を越えて一致点とするものでないことは、審決が、本件考案が、「カムによるアーム軸の運動が、・・・工具搬送のための180度の回動と、」との点を備えているのに対して、引用例2記載の考案は、この点を備えておらず、「カムによるアーム軸の運動が正方向の回動及び逆方向の回動と、」との構成であることを相違点1の一部としていることからも裏付けられるところである。
原告の主張は、審決を正解しないものであって、採用することができない。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 以下の事実は当事者間に争いがない。
ア 引用例2記載の考案は、適用対象となるべき具体的装置を特定のものに限定することなく、各種の自動工作機械等に用いるとされており、引用例1記載の発明は、工作機械の自動工具交換装置であって、両者は工作機械において使用される装置である点で技術分野が共通していること。
イ 引用例2には、カム部の形状を適宜変更することにより、本件考案のアーム軸に相当するところの出力軸に様々な複合運動をさせることができるとしながら、具体的には、正方向の回動と逆方向の回動及び軸心方向における正方向と逆方向の移動を行う1つの運動パターンのみが記載されていること。
ウ 引用例1記載の発明における工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入、抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動は、運動としては正方向の回動と逆方向の回動及び軸心方向における正方向と逆方向の移動からなり、引用例2に記載された運動パターンと完全には一致しないものの、同様な回動と軸心方向移動の組合せである点で共通していること。
(2) 甲第5号証によれば、引用例1には、「1.主軸および交換腕軸に平行な1本のカム軸を有し、このカム軸に、前記正回転運動および逆回転運動を起こさせるための第1カム要素、前記前進運動および後退運動を起こさせるための第2カム要素並びに前記180゜回転運動を起こさせるための第3カム要素が取付けられ、カム軸の回転によってこれら運動が所定の順序で行われることを特徴とする工作機械の工具交換装置。」(特許請求の範囲1の項)、「4.第3カム要素がカム軸と共に回転するように配置されたマルタ車作動ローラによって構成され、これによって作動されるマルタ車が歯車部分を有し、この歯車部分が交換腕軸に固定された前記歯車に係合できる特許請求の範囲第2項又は第3項に記載の工具交換装置。」(特許請求の範囲4の項)との記載とともに、第6図として上記180度回転運動が間欠的な運動である旨の記載があることが認められる。
上記各記載によれば、引用例1記載の発明は、カム要素を使用し、カム軸の回転によって所定の運動が所定の順序で行われるものであること、及び、引用例1記載の発明は、特許請求の範囲4の項のように第3カム要素がマルタ車作動ローラによって構成され、これによってマルタ車を作動して間欠的な180度回転運動を起こさせるものではあるものの、引用例1には、特許請求の範囲4の項には該当しない特許請求の範囲1の項記載の発明、すなわち、第3カム要素としてマルタ車作動ローラやマルタ車を使用せず、他の「カム」要素を使用して、周知慣用の方法により間欠的な180度回転運動を起こさせることが示唆されていることが認められる。
甲第29号証(「機械工学便覧」社団法人日本機械学会昭和43年4月15日改訂第5版2刷発行)によれば、一定速度の回転運動から間欠運動、すなわち一定の静止期間を持ついろいろの性格の周期的運動を得る方法として、ゼネバ歯車による割出し機構とカムによる割り出し機構とがいずれも周知慣用の技術であったこと及び上記両技術は、「第8章 リンクおよびカム」の「8.3 間欠伝動および特殊機構」として同じ章の中で連続して紹介される程度に大きい共通性を有する技術であったことが認められる。
(3) 以上の事実によれば、引用例1記載の発明を引用例2記載の考案に適用することにより、装置をカム式自動工具交換装置とするとともに、アーム軸には、その突出端部から半径方向に互いに逆向きに延び出し、各先端部に工具にその工具の半径方向から係合してその工具を保持する工具保持部を有する一対の工具保持アームが備えられ、カムによるアーム軸の運動が、工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入、抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動であるものとすることは、当業者がきわめて容易に想到し得たことであったと認められる。
(4) 原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案において実現される運動には顕著な相違があり、引用例2は、一連の回動が終了するごとに位相が180度進むことをターレットとグロボイダルカムにより実現できることを教えていない旨主張するが採用できない。
確かに、カムによるアーム軸の運動が、工具搬送のための180度の回動を含むためには、ローラギア(ターレット)の全周にローラ(カムフォロワー)を備えているものであることが必要であるのに対して、甲第6号証によれば、引用例2の唯一の実施例においては、グロボイダルカムのテーパーリブは揺動回転用として構成されているため、カムフォロワーは、一対存在するのみであって、ターレットの全周には設けられていないことが認められる。
しかしながら、このことは、以下に述べるとおり、前記判断の妨げとなるものではない。
甲第6号証、乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、引用例2には、「本出願人が先に提案したこの種のカム装置として、・・・特願昭57-111472号の明細書に・・・記載された発明にかかるものがある。」(2頁12行ないし15行)、「特願昭57-111472号のカム装置は、ハウジングに支持された入力軸に単一のバレルカムの軸心を固定し、このバレルカムにはその円周方向に沿った直線状部分と横方向に傾斜した部分の連続体から成る複数本のリブを突設形成し、入力軸と垂直な位置関係において回転及び上下動自在に配置された出力軸の端部のスパイダーに取付けられたカムフォロワーを前記複数本のリブ間で案内させることによって該出力軸に回転運動を行わせ、また前記バレルカムのリブの周面形状によって、これと接するスパイダーを介して出力軸を上下運動させるものである。」(3頁10行ないし4頁1行)、「本考案は、上記のような問題点を解決するためになされたもの」(4頁12行ないし13行)、「なお、テーパーリブ及び溝の形状を適宜変更することによって、例えば使用に応じたタイミングの上下動、揺動回転のみならず、上下動を伴う間欠回転運動など、出力軸に様々な複合運動をさせることが可能である。」(11頁2行ないし6行)との記載があること、特開昭59-6457号公報によって公開された特願昭57-111472号の明細書である乙第1号証明細書には、3個のカムフォロワーによって出力軸が揺動回転運動を行う実施例と6個のカムフォロワーをスパイダーの下面の全周に配置することによって同じ方向に間欠回転運動を行う実施例の両方が記載されていること、及び、グロボイダルカムのテーパーリブに係合させるカムフォロワーをターレットの全周に配置することによって回転運動を行わせることは周知慣用の技術であることが認められる。そうすると、引用例2には、引用例2記載の考案の揺動回転運動を、乙第1号証明細書記載の間欠回転運動や前記周知慣用技術の回転運動とする構成に変更することが強く示唆されているというべきであるから、当業者は、引用例2記載の考案に引用例1記載の発明の構成を採用し、引用例2の上記示唆に従って6個のカムフォロワーをスパイダーの下面の全周に配置する乙第1号証明細書記載の発明の構成やグロボイダルカムのテーパーリブに係合させるカムフォロワーをターレットの全周に配置する周知慣用技術の構成を採用して、「カムによるアーム軸の運動が、工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入、抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動であるものとする」ことにきわめて容易に想到し得たものと認められる。
したがって、引用例2の実施例が、グロボイダルカムのテーパーリブは揺動回転用として構成され、一対のカムフォロワーを介して出力軸に揺動回転運動が伝達されるものであることは、前記(3)の認定を左右するものではない。
(5) 原告は、引用例1記載の発明は、ゼネバ歯車装置又はゼネバ機構(ゼネバ歯車)と称されているものであってカム装置ではなく、工具搬送のための180度の
回動がカム装置によって与えられているわけではないとして、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案の組合せがきわめて容易ではない旨主張する。しかし、引用例1記載の発明は、カム要素を使用し、カム軸の回転によって所定の運動が所定の順序で行われるものであることは前記(2)の認定のとおりであるから、これがカム装置ではないということはできない。のみならず、前記(2)の認定事実によれば、引用例1の記載は、引用例1記載の発明のゼネバ歯車を他の周知慣用技術であるカムによる割出し機構とすることを示唆しているものというべきであるから、引用例1記載の発明において、第3カム要素がマルタ車作動ローラにより構成され、これとマルタ車を使用したゼネバ歯車によって工具搬送のための180度の回動が実現されているとしても、そのことは前記(3)の認定を左右するに足りるものではない。
(6) また、原告は、アーム軸に180度ずつの一方向の回転を行わせるためには、引用例2記載の考案においてターレットの形態も変更しなければならないのに、引用例2には、そのことを示唆する記載はないとして、引用例2記載の「間欠回転運動」は、単に、一定角度回動し、停止し、再び同じ方向に回動するが、いずれは逆方向に回動して元に戻る運動を意味し、本件考案におけるように、ターレットが同じ方向に限りなく回転するような間欠回転運動を意味するものではないと主張する。
しかし、当業者が、引用例2の示唆に従って引用例2記載の考案のカムフォロアーの数や配置を変更した構成を採用することを認識することは前記(4)の認定のとおりであって、引用例2には、ターレットの形態を変更することを示唆する記載があるというべきであるから、引用例2記載の「間欠回転運動」をターレットが同じ方向に限りなく回転するような間欠回転運動を除くものと解さなければならない理由はない。かえって、引用例2は、前記(4)の認定のとおり、改良の対象となった先行技術として、6個のカムフォロワーをスパイダーの下面に全周にわたって配置することによって同じ方向に間欠回転運動を行う実施例を含む乙第1号証明細書記載の発明を、その「回転運動」について何らの限定もなく説明し、これを引用しているのであるから、引用例2記載の「間欠回転運動」は、同じ方向の間欠回転運動を含むものと解されるところである。
原告の主張する引用例2の「テーパーリブ及び溝の形状を適宜変更することによって」の文言も、変更の対象をテーバーリブ及び溝の形状に限定するものではないことが、同引用例に接した当業者にとって自明であることは、上述したところから明らかというべきである。
(7) さらに、原告は、引用例1の、3つのカム要素が取り付けられており、互いに独立して形成されるカム要素が採用できるので各種運動の重ね合わせが容易に達成できる旨の記載が、正逆両方向回動と180度回動とを同じカム要素によって行うことを排除する記載である旨主張する。しかし、相違点1に係る本件考案の構成を得るためには、引用例2記載の考案に引用例1記載の発明の装置を「カム式自動工具交換装置に係るものであって、アーム軸には、その突出端部から半径方向に互いに逆向きに延び出し、各先端部に工具にその工具の半径方向から係合してその工具を保持する工具保持部を有する一対の工具保持アームが備えられ、」(審決12頁8行ないし13行)との技術と、「カムによるアーム軸の運動が、工具保持アームの工具に対する係合、離脱のための正逆両方向の回動及び工具搬送のための180度の回動と、工作機械及び工具保持装置に対する工具の挿入、抜出しのための軸心方向における正逆両方向の移動である」(審決12頁13行ないし18行)との複合運動パターンの技術を適用すれば足りるのであって、独立した3個のカム要素を用いるという技術を適用する必要はない。また、独立した3個のカム要素を用いなければ複合運動パターンの技術が適用できないという筋合いのものでもない。したがって、原告主張に係る記載は、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案の組み合わせを妨げるものではない。原告の上記主張も、採用することができない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 引用例3には、オートハンド装置において、ともに回動するとともに軸心方向移動を許容するゼネバ歯車17による回動と、枠体20と係合するスリーブ13による軸心方向の正逆移動を行う従動軸12が、スリーブ13を軸方向中間部に備え、ゼネバ歯車17と反対側において、箱体1の外壁に支持されて突出することが記載されていることは、当事者間に争いがない。また、甲第7号証によれば、引用例3記載の発明においては、従動軸12がゼネバ歯車17の中央円筒部を介して箱体の第一外壁に支持され、反対側の第二外壁から外部へ突出させられていること、及び、引用例3が刊行されたのは、本件考案出願の約1年3か月前である昭和59年1月25日であることが認められる。
また、乙第6号証によれば、乙第6号証刊行物には、工作機械用工具取替え機構において、ハウジング26の第1の右側の外壁に筒状部材101をハウジング内に延出して回転自在に保持し、この筒状部材101の内部にアーム軸44をスプライン係合して筒状部材101内を軸方向に移動可能に保持し、アーム軸の左側はハウジングの第2の左側の側壁に回転可能かつ軸心方向に移動可能に支持されるとともにハウジング外に突出させ、そのアーム軸44の左端に工具交換腕40を取り付け、アーム軸44の中間部にアーム軸を軸方向に移動させる環状部材を取り付けてなる工具交換装置が記載されていること、及び、乙第6号証刊行物が刊行されたのは、本件考案出願の約4年1か月前である昭和56年4月15日であることが認められる。
以上の事実によれば、引用例2記載の考案におけるアーム軸のように、軸に対しともに軸心方向移動を許容する円筒状部材による回動と、レバーと係合する環状係合部による軸心方向の正逆移動を行う軸において、環状係合部を軸方向中間部とし、円筒状部材と反対側においても、ハウジングの外壁に支持させその方向からアーム軸を突出させることは、既に周知技術であったと認められる。
(2) そうすると、引用例2記載の考案のアーム軸について、上記周知技術を適用し、本件考案の構成とすることは、当業者がきわめて容易にし得たものと認められる。
(3) 原告は、<1>引用例3記載の発明の従動軸12は、ロータリジョイント29が取り付けられた後端は、ゼネバ歯車17の内部に入り込むことができない、<2>乙第6号証刊行物一つのみでは、シャフトの後端がスリーブの内部まで入り込み可能とすることが周知であったとはいえないとして、ローラギヤと一体的に構成された円筒状部材の内部にアーム軸の後端を入り込み可能とする本件考案の構成が周知であったとはいえない旨主張する。しかし、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載には、「ローラギヤと一体的に構成された円筒状部材の内部にアーム軸の後端を入り込み可能とする」というような構成の限定がされておらず、本件考案が上記構成のものに限定されないことは一義的に明確であるから、これを考案の要旨と認めることはできない。原告の主張は、実用新案登録請求の範囲の記載に基づかずに本件考案を限定することを前提とするものであって、失当である。
(4) 原告は、ローラギヤが一体的に設けられた円筒状部材と、ゼネバ歯車の中央円筒部とでは事情が異なる旨主張する。しかし、引用例3記載の発明もアームを備えた物品取扱装置であるから、ゼネバ歯車が使用されているか否かによって、アーム軸の支持形態が周知ではなくなるものではない。原告の主張は、採用することができない。
(5) さらに、原告は、引用例2記載の考案は、アーム軸が円筒状部材を介してハウジングに支持されている側から外部に突出させられているから、引用例2の記載に基づいて本件考案におけるアームの支持形態及び突出方向に到達することを妨げるものである旨主張する。しかし、本件考案のようなアームの支持形態及び突出方向が周知である以上、引用例2のアーム軸の突出方向が異なっていても、上記周知技術の適用が妨げられるものではない。原告の上記主張も、採用することができない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)について
本件考案の構成を採用した場合に、原告主張の効果が得られることは自明である。本件考案が種々の技術雑誌に紹介され、本件考案の出願公開の前後に、本件考案の構成を含む発明、考案がいくつか出願されたとしても、そのことは上記認定を左右するものではない。
6 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(平成11年12月16日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
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